無理解・・・ではなくそれが今の弱肉強食システム

ブルジョワジー(雇用主)がプロレタリアート(労働者)を使うという構図はもう何百年も続いている。
共産政治であろうが民主政治であろうがそこは変わりはない。
動物の世界には必ずボスがいてその部下がいるのと同様、人間社会も動物社会とは変わらない。
そういうヒエラルキーの中で私たちは生きている。

いまは労働者だけどそのうち雇用主、経営側の人間になろうとしている人は山のようにいるが
本当に労働者から雇用主や経営側に建てる人は一握りしかいない。
そのひと握りの人のうち、末端の労働者のことを思って動いても、その活動を遮ったり妨害する
雇用側や経営側が必ずいる。だから末端の労働者を思って活動している人はそういう連中に
ダメにさせられる。

理想に少し近づくことはできるかもしれない。
しかし今のこの時代、この世界ではヒエラルキーを基礎としている以上、根本的に変えることは不可能だ。
平等が一番だと俺も思う。しかしそれは自分が生活している場所が時限的に平等世界を
つくることができたとしても、国全体、世界全体で平等な世界を作り上げることは困難だし
出来ない。


結局、各々が各々の環境に合うように自分を変えていくしかない。


この記事を書いているボランティアの方の努力は称賛に価する。
しかしただお金を与えたり、相談をただ右から左へとやっているだけでは
彼らは自立しない。自立するように仕向けるのが本当にすべきことではないのか?
とは思う。(そうやっているのかもしれないけれど)
頑張れがんばれ!だけでは彼らは育たない。


根本的な今の社会構造を潰さない限り理想には近づかないだろうし、
潰せたとしても理想郷が出来上がるという確約はない。
また潰せたとしても、潰すには天文学的パワーが必要になることは
素人でも想像できる。それは1人だけの力では到底無理だ。


理想を追い求めるのは人それぞれの勝手だが、現実は違う。全く違う。
現実から逃避しても現実という掌から逃れることはできない。
所詮は釈迦の手の内。

具体的に指導、指南してくれる人は山のようにいる。
Yahoo!の知恵袋だってそのうちの1つ。
罵詈雑言の巣窟の2chにだって優しく教えてくれる人は沢山いる。
そういう人のわずかな援助をもらいつつ、たとえ薄皮1枚であってもステップアップを
確実にして、それを絶え間なくやっていくしかない。その日々の努力というか
成長が後に自分を弱肉でない自分に変えさせてくれる。そう思う。


繰返しになるが、貧困者に無理解・・・ではなく、それが現実社会だと言うこと。
理解してないのではなく理解していても理解者として動こうとはしない連中が
極めて多いということ。



「若者の貧困」に大人はあまりに無理解すぎる (東洋経済オンライン) - Yahoo!ニュース
<http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20161017-00140240-toyo-soci>